アルチュセール

寒いっす、とっくにステテコ履いてます(11月16日「雑記3」参照)。まあ、今更、下着を気にするのもおかしな話ですけどね(笑)、あの意味で。

さて、そういうどうでもいい話は今年はなるたけ控えるとしてw、前回の12月28日「ノエル」を今読み返してみて、やはり、その記事の「5」の後半の記述がしっくりこないと思った。「複数の論理(理論)がパッチワークのように貼り合わせられるような抽象的な空間の感覚」の空間感に、今後の可能性が封印されてしまっているかのような、そんな違和感を覚えた。根本的に、僕と僕の都市理論の関係は「簡単な(仮想の)都市モデルを組み立てて、解いて、計算」するという作業の繰り返し*1であり、すなわち、暗黙知*2的なものであり、この作業場(現場)の空間感を言葉で表すのは難しい。でも、これは暗黙知なのだからと排他的にブログ(ウェブ日記)を書き進めるくらいなら、余計なことは書かないほうがまだまし。うーん、これは、哲学者のルイ・アルチュセールの本を読んで勉強してみればいいのだろうか。

(。・ω・) んー。

でも、それだと、アルチュセールを読む前に、カール・マルクスをしっかり読まなければならない。でも、そんなことをしたら、前回の12月28日「ノエル」で「僕は左翼になろうかなぁ」と冗談で書いたけど、僕は本当に左翼になってしまう…、なわけないかw。確かに、都市を「効率性の原理」から理論付けているという面である程度、僕は唯物論的であるのかも知れないけど、でも、それは単に「磁場」や「ベクトル場」*3のようなものに過ぎず、前に、8月27日「どこでもドア」で「片方では『どこでもドア』を目指しつつも、もう片方ではそれとは別の何かを含んだものになる」と書いたように、その後者(「別の何か」)のほうが重要で、今の僕の最大の関心事で、それをアレコレと考えているうちに「パッチワーク」としか言いようのないような妙に抽象的な超共時的空間へと迷い込んで、その迷宮の全体像*4の美しさについウットリとしてしまったのです(前回は)。よって、言葉が全く出て来ない。だから、アルチュセールを読むべきだろうか、マルクスを読むべきだろうか、いや、その前にヘーゲルを読むべきだろうか。

ちなみに、先週は「ル・コルビュジエの全住宅」東京大学工学部建築学安藤忠雄研究室編集)の図面集を丹念に見て、ウットリしていた(おいっw)。ル・コルビュジエ*5が設計した有名な住宅はどれも好きだけど、それらをあえて外して僕の好きな住宅作品を3つ選ぶと、「シトロアン型住宅」1920年)、「クック邸」(1926年)、「カネル邸」(1929年)です。特に「クック邸」と「カネル邸」の平面図が好きですね*6。うーん、このブログ(ウェブ日記)はこれからそういうブログにしようかな(笑)。建築(論)は10月2日「別世界性」を書いて以来、全然書いてないし。*7

建築家の安藤忠雄は、(建築家になる前に)ル・コルビュジエの図面をトレース(模写)しまくっていたという話を教わって、僕もそれを真似ていた学生時代が蘇る。あらゆる学問の源泉は、そういった地道な「訓練」にあるのかも知れない…けど、そういう考えはもう古臭いのかも。書店に行くと、必勝本、マニュアル本、ガイドブック、インスタントな「人生本」等が溢れてますからね(僕もたまに買うw)。まあ、生き方として必要な素養は自身の「交換可能性」と「交換不可能性」の両方だと思います。そして、特に建築において必要なのは後者のほう、すなわち、「別世界性」なのだと改めて思います。ル・コルビュジエは「真理」を追求した人ではあったけど(先週はC.ジェンクス著「ル・コルビュジエ」*8も読んだ)、まあ、これについてはまた今度書く。

とりあえず、ル・コルビュジエの凄いところは多少、強引であったとはいえ、建築(論)と都市(計画)論を「総合」したということです。ル・コルビュジエが描いた「300万人のための現代都市」(1922年)は本当に凄いのです、という話を、エベネザー・ハワードの「田園都市」と対比させながら、何か書こうと思ってます。ウットリとしていては、前へは進まない(笑)。

でも、話が随分それている。気儘に書きすぎた(泣)。一旦、ここで「下書き保存」と。

σ(・ω・*) クリック。

では、アルチュセールのウィキペディアから少し引用します(下記)。

哲学―「書かれざる」「実践の状態にある」弁証法

(前略)いわゆる理論もまた、概念を生産するための、一種の実践である。ゆえに彼(アルチュセール)は、広義の理論活動を「理論的実践」と定義する。そして、諸々の理論が「理論的実践」ならば、そうした実践そのものの一般理論、理論的実践の過程の理論(大文字の≪理論≫)もまた存在する。このような発想から、『経済学批判要綱』の「序説」を引用しつつ、「科学は、具体的な物ではなく、一般性に働きかけ、新たな概念を生み出す」という一般理論を、アルチュセールは見出すのである。

(中略)では、このような一般理論、このような弁証法をもとにマルクスが作り上げた理論や概念は、いかなる意味において重要なのか。それを理解するには(中略)「兆候的読解」に対する理解が必要となる。ある問題においては、問いの不在(見えているがゆえに不可視となっているもの)があり、それを適切に見出す読みが、兆候的な読み方である。マルクスは、当時の古典経済学に対して、その読み方を実践したのだ。(後略)

この辺(上記)が今の僕に役立ちそうだけど、何となくしか分からない(泣)。僕が言う「パッチワーク」は上記の「大文字の≪理論≫」になれるのかな。ついでに、同ウィキペディアから、もう一つ引用します(下記)。前回の12月28日「ノエル」の「4」で書いたことや、babyismのIntegral Project-2の末尾(追記)で、「『移動距離・時間の最小化』という工学から作っているこの僕のユートピアは『交通格差をなくす』という思想(イデオロギー)へ結びつく、謎です」と書いたことの、良いヒントなのかも知れない。

イデオロギー

とりわけ前期の思想では、イデオロギーとは、科学的方法から厳密に排除されるべきバグに他ならなかった。しかし、アルチュセールがその思想を練り直し幾つもの軌道修正を加えるにつれ、イデオロギーの積極的効果に焦点が移る。曰くイデオロギーとは、人間が主体として既存の社会関係に与するための保証を与えているものである。(後略)

とりあえず、ウィキペディアウィキペディアですけどね、便利ではあるけど。抽象的な哲学の用語はあまり詳しくないので、具体例から書くと、babyismのIntegral Project-1等で掲げている都市の「用途混合」というのは、じつは全く効率的ではなく、8月27日「どこでもドア」の注釈3にも書いたけど、「用途混合」には理論的な「担保」がないのです。*9

そして、もっと分かりやすい具体例は、babyismのIntegral Project-3の5で僕が提案した「トランジットシティ」です。12月10日「エソラ」では、「コンパクトシティ」を「かなり無謀」だと否定して、「トランジットシティ」の妥当性をやや乱暴に説明しているわけだけど、でも、根本的に僕は地方都市の中心市街地を再生させる必然はない*10、と考えているのです(僕の地元の柏市は除く)。

そうなると、いくつかの作成済みの「用途混合」型の都市モデルや「トランジットシティ」の意味は何なのか。更に、前回の12月28日「ノエル」の末尾(追記)に「『経済性』を組み込んだ『公共空間』のある新・都市モデル(クリスマス・リースみたいな形の)を作った」と書いたように(この都市モデルについては、いずれ書きます)、都市モデルがドンドン増えて行くのです。更に、「東京倍増計画」(これは戦略的にブログに書かない)という案も考えた*11。それから更に、既に作成した都市モデル同士で、たまたまだろうけど、結合できる関係もあるのです。そして、その結合できる都市モデル同士を組み合わせた新しい都市モデルには、もはや曖昧であるとしか言いようがないような、よく分からない質(でも、よく出来ている)が生まれてきているのです。それは論理ではなく、カチャカチャと都市形態と都市形態を組み合わせたというだけのもの、すなわち、形態が論理に先行してしまっているものなのです。冒頭で「ウットリとしてしまう」と書いたのは、具体的には、このことです。

これはどういうことなのだろうか。ここまで来ると、僕の頭ではもうついていけません(泣)。アルチュセールを読めば、僕でも分かるのだろうか(自信は全くない)。でも、まあ、見方を変えれば、それはとても「建築」的(「都市(計画)」的ではなくて)である*12と言えるのかも知れません。「建築」は形態を扱うから。いずれにせよ、ウットリとしていては、何にもならないので(先週は単に正月ボケだけだったかも)、今年も時間を見つけてはボチボチ進めて行こうと思います、

以上です。

(。・ω・) 後は何だっけ?

前回の12月28日「ノエル」の末尾(追記)で、「下北沢再開発」問題について書くと書いたけど、これはノーコメントにします。ほとんど「政治」*13の問題だと思います。僕の都市理論を使うならば、再開発することで得られる効率性と、再開発しないことで得られる効率性(再開発をしないことが必ずしも非効率的だとは言えない*14)を計算して、値の大きいほうを選べばよい、ということになるのだけど、東京は巨大都市なので、理論的には成立できても膨大な計算が必要なため、実際には不可能かも知れない*15。よって、僕の「見解」は、「東京より規模がずっと小さくて計算可能性のある地方都市に投資したほうが賢明である」です。「下北沢再開発」問題から遠く離れてますが(笑)。

その他については、ボチボチ書きます。まあ、あまり「今度書きます」とかは書かないほうがいいのかも知れません(妙なプレッシャーになっているw)。正直言うと、「今度書きます」は僕が話のネタを忘れないための「メモ」(付箋)として書いているのだけど(僕が過去の記事へのリンクをよく貼るのも同様の理由)、後からそのネタをちゃんと書く率が低下している感は否めない(泣)。

時々刻々と変わるこの世界では、そういう未来への妙な拘りは捨てたほうがいいのかも知れません。ついでに、できることなら、スケジュール帳も投げ捨てたい…いや、それは無理、無理(笑)。

ではでは。

(。・ω・)ノシノシ

*1:babyismのIntegral Project-3の5で、通信添削の「Z会」になぞらえて僕の主義を「Z主義」と名付けたけど、これは割と適切で、これと似たようなことを僕はしている。より正確に言うと、「一人Z主義」(出題と解答と添削を全部一人でしている…w)。

*2:9月27日「モーション・タイポグラフィ」参照(暗黙知)。Integral Project-1も参照(「『コツ』として習得し始めると…」)。

*3:10月26日「イオンレイクタウン-3」参照。あと、「磁場」や「ベクトル場」という比ゆ表現を言い換えると、これは徹底して「抽象化された都市」のことであり、同時に、建物が発生・生成する場所はどこかを三次元空間に描く「原初的な建築」のことである。JAの「リサーチの方法」(2008年)という本で、建築家の馬場正尊が「僕らは、場所の発見と、その場所自体が欲している建築を先に構想してしまう」と書かれていたことと発想は近いのかも知れない(いや、違うかも)。ついでに、10+1(No.50)の特集「Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960」(2008年)という本の、建築家の八束はじめの論考「50 Years After 1960」によると、同氏は「巨大高密度都市」を考案中であるらしい。よって、僕は天邪鬼なので、そういう計算はもうしてない(笑)。babyismのFor Tomorrow参照(「極限の高密未来都市」)。でも、八束はじめの計算結果は気になる。都市人口の最大値は8000万人くらいになると思うけど。まあ、僕のこの天邪鬼な性格は、もう直さないと(泣)。

*4:この迷宮を音楽で例えると、ペット・ショップ・ボーイズ「A Red Letter Day」宇多田ヒカル「time will tell」かな、思いつきで。時間の感覚が狂った世界ですw。雲の上へ飛び出せば Always blue sky♪

*5:Natural World-1〜5参照(ル・コルビュジエの年表)。

*6:「クック邸」の写真はここここで図面はここ。「カネル邸」(計画案)の平面図はここで立面図と断面図はここでパースはここ

*7:「イオンレイクタウン」(2008年10月〜)はたくさん書いた。

*8:Natural World-4の補足参照。ちなみに、著者のジェンクスは、ル・コルビュジエニーチェの思想と関係付けている。

*9:その「担保」が12月28日「ノエル」で書いた「ポストモダニズム」にあるとも思えない(現地調査やフィールドワーク等は除く)。ポストモダニズムはどうも分別臭い感じがする(「分別臭い」は、babyismのStrange Paradiseで引用した「無個性の快楽」(レム・コールハース)より。その文章の「回れ右をしたモダニズム」が「ポストモダニズム」です、一応)。

*10:Kinkyo-2参照(「車社会化された現代で駅前商店街が衰退したとしても嘆くことでもない」)。あと、イオンレイクタウン-3も参照(「都心対郊外という二元的な図式はじつはあまり意味がない」、「都市圏を区域に分割して、それぞれの区域を個別にスタティックに捉えるのではなく…」)。

*11:「戦略的に」と書いたのは、僕は東京の一極集中には反対であるから、という意味。ちなみに、「東京倍増計画」は文字通りの計画で、その名前は、「東京計画1960」丹下健三)と「所得倍増計画」(1960年)のかばん語である。

*12:11月9日「マンハッタンのゆくえ(後)」参照(ユナイテッドヌードの「建築的構造」)。

*13:11月16日「雑記3」参照(「政治」)。

*14:9月25日「蘇生」参照(「都心流入率は低いほうが効率がいい」)。再開発しないことによって、都心流入率は減少する。

*15:誤算-1参照(「ハイエクは計算主義を否定する」)。