雑記3

だんだん寒くなってきました。

とりあえず、今年は風邪をひかないように、(babyismのIntegral Project-3に書いた話のことですが)、ちゃんとステテコを履こうと思ってます。さすがに、まだ早いけど。

何となく、今、この写真を思い出しました(下図)。

これはウィキペディアで見つけた、フランス北部のル・アーヴル(Le Havre)の街並のこの写真です。いつ何の目的で調べていて、このページにたどり着いたのかは全く覚えていませんが、この写真のことだけは、なぜか覚えていました。じつを言うと、この写真を(ネットから)再び探し出すのには結構、苦労した(笑)。

この写真がどうして記憶に残っていたのかなぁ…雪がうっすらと積もっているからなのか、煙突からの白い蒸気が建物内の温もりを伝えているからなのか、自動車の赤のテールランプに郷愁のような何かを感じるからなのか、街並の先に塔が見えている*1からなのか、街並の三角屋根の家々と四角い建築が程よく混ざっているからなのか、夜とも朝ともつかない夜明け前の静寂の中に点々とする微かな動き(始まり)が写真から丁寧に読み取れるからなのか、と、ざっと考えてはみたけど、よく分かりません。

まあ、でも、この写真は好きです。しんみりとしてながら、かと言って後ろ向きではない、外気は冷やっとしているけど、服に包まれている体は暖かい、みたいなそんな感じのする写真です。

(追記。もしこれが夕暮れ時の写真であれば、僕は好きにならなかったかも知れない。僕はこれから何かが始まるという予感めいた時間帯(と場所)が好きで、それはbabyismのグローバリゼーション(town)の記事で「新しい街は楽しい」と書いていたり、アメリカの住宅で「新しいものの萌芽のある場所が僕は好きである」と書いていたことと関係していると思います。また、僕は郊外の典型的なニュータウン育ちなのですが*2、それは建設途上のニュータウンで、僕は毎日、造成中・建築中の工事現場を通学していたこと、すなわち、街が始まろうとしている時間帯(と場所)が僕の原風景であるということも関係しているのかも知れない。何となく)

ところで、第二次世界大戦中、ル・アーヴルはドイツ軍の占領下にありました。そして1944年の「ノルマンディー上陸作戦」の3ヵ月後から始まったイギリス軍の空爆によって、ル・アーヴル中心市街地は廃墟となりました。それから1945年から1964年にかけて、中心市街地は再建されました、というか、ほとんどウィキペディアから丸写ししている(笑)だけなので、(興味がある方は)ウィキペディア「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」を読んでみてください。*3

(。・ω・) 手抜き?

この再建で特筆すべきところは、建造物が全てコンクリート造であることと道路網が碁盤目状(「グリッド」)であることだと思います。ウィキペディアから少し引用すると、「ル・アーヴルの碁盤目状計画は、都市空間を厳格に組織し、風通しのよい直線的な街路に、整然と住宅のファサードを並べることを可能にした。碁盤目の横の長さは6.24mを基準としてその整数倍とされており、これは当時のコンクリートの梁の長さにとって最適な範囲が企図されたものである」そうです。つまり、建築の工法にも合うように都市を設計した、ということです。

破壊と再建、か。まあ、でも、戦争はほんとに嫌ですね。もちろん僕は戦争なんて「経験」していないわけだけど、例えば、Mr.Children「花の匂い」のYouTubeを見ると*4、それだけで(たった5分でw)感情が揺さぶられてウルッとしてしまいます。ちなみに、この曲は、今月22日公開の映画「私は貝になりたい」予告編のYouTube)の主題歌です。音楽にせよ、映画にせよ、戦争を抑止する力の可能性が少しでもあるならば、それは良いことだと思います。同様に、その力の可能性は、都市計画や建築にもあると信じます。*5

(´;ω;`)

ではでは、今日の本題…の前に、先週のこのニュースです(下記)。

「関東大震災がチャンス」=東京一極集中打破で−兵庫県知事が発言
時事通信、2008年11月11日)

兵庫県井戸敏三知事は11日、和歌山市内で開かれた近畿ブロック知事会議に出席し、経済などの「東京一極集中の打破」について、「関東での大震災がチャンス」と発言した。多大な人的被害などが予想される首都圏での大規模地震を期待するかのような発言に批判が出そうだ。

この発言に対し、会議後に記者会見した橋下徹大阪府知事は「首都圏に震災被害があった場合、バックアップ機能が必要だという真意は全知事が分かっている」としながらも、「公の場で言ったのはまずかった。いつも不適切な発言ばかりやっている僕から見ても不適切な発言だった」と指摘した。(後略)

もちろんこれは大問題発言ですが、僕は面白いなぁと思いました。なぜなら、その一方で、「東京が衰退すれば日本全体が衰退する」、「だから、地方は東京を支えなければならない」みたいな主張をされる人も大勢いるからです。

では問題です、東京が衰退したら地方都市はどうなるのか、これを(興味がある方は)考えてみてください。その答えは、僕は書きませんよ(笑)、というか、これは「学問」ではなく、ほとんど「政治」の世界だと思います。「東京が衰退すれば日本全体が衰退する」と主張される人は、東京在住者(土地所有者)か東京から利益を得ている人でしょう。これは「政治」へ向けた力をそのまま言葉にした「物語」であると思います。

同様に、兵庫県知事も兵庫県の利益のことしか考えていないと思います(問題発言から察すると)。地元の利益を第一に考えることは、そこから選出された代表者の責務かも知れませんが、何かが外れているような気がしなくもありません。ちなみに、オランダのクラッセン(Leo H. Klaasen)という学者は、ヨーロッパの約150の都市を調査・研究して、「大都市が停滞または衰退すると、中都市の人口が急速に成長する」*6ということは発見しています。まあ、だから何だ?という話でしょうけどね。

さてさて、前回(先週)の11月9日「マンハッタンのゆくえ(後)」で、「都市経済学」を復習しておく、と書いたけど、そんな時間はなかったです(泣)。

まあ、大雑把に言うと、都市の「適正規模」が5タイプある、という話です。Richardson及びEvansの都市サイズ・モデルとか何とかです。babyismのNatural World-2の記事で少し触れた、「立地論」の本*7に紹介されていて、興味をもちました。

都市の人口規模が増大すると、ある程度までは「集積の利」が働くけど、ある規模を越えると、一人当たりの都市建設・維持費用(コスト)が一人当たりの便益(収入等)にだんだん急接近し始めて、11月9日「マンハッタンのゆくえ(後)」に貼った、アメリカの(風刺)漫画みたいな状況(「WORK」で得られる収入と「DRIVE」等にかかる費用の差がなくなって、俺は何のために働いているんだよ?みたいなせつない状況)に突入してしまう、といった話です。

とは言え、かなりいいかげんな記憶で書いているので、復習してから、ちゃんと書きます。

今日はこの辺で。以上っす。

(。・ω・)ノシ

*1:サン=ジョゼフ教会の塔。オーギュスト・ペレ最後の作品(1956年竣工)。高さ110メートル。オーギュスト・ペレは鉄筋コンクリート建築の先駆者。ル・コルビュジエは、1908年から1910年までの間、オーギュスト・ペレの事務所で働いている。Natural World-1参照(ル・コルビュジエの年表)。

*2:8月13日「柏 マイ・ラブ」8月17日「柏から考える」参照。

*3:ル・アーヴル中心市街地の航空写真はここ(Google Maps)です。(追記。本記事の写真の撮影地点はここ中心市街地から1.5〜2kmくらいの距離)

*4:リンクが切れていたらここ

*5:8月9日「マンハッタン計画」参照。

*6:「Transport and Reurbanization」(Leo H. Klaasen、1981年)。僕は未読です、参考までに。

*7:「都市と地域の立地論―立地モデルの理論と応用」(神頭広好著)。この本は、「立地論」の全体を把握するには良いかも知れないけど、解説は数式だらけで、大学の講義の副教材のような本です。